霊気という言葉のさきがけ

霊気、霊気療法という言葉のさきがけ

 

明治時代や大正時代の文献より

 
「レイキの漢字表記」でも触れましたが、
レイキの「霊」という言葉は、レイキが発見された大正時代、「最も優れたもの」という意味で一般的に使われておりました。

中国においても、「霊=最も優れた」という意味で使用されていました。
霊芝というキノコが漢方薬にありますが、同じ意味で「霊」が使われています。

さて、日本で初めて「霊気」という言葉が文献に登場するのは、日本の農学者で、日本最初の農学博士である、
玉利喜造博士(たまり・きぞう 1856-1931昭和6年他界 勲一等瑞宝章)の著書ではないかと言われております。

下は、大正元年(1912年)10月に出版された「内観的研究」という本です。
国立国会図書館の蔵書になっております。
人間の身体の中には、二つの気が存在していると説明される中で、「霊気」という言葉を使われています。
 
玉利喜造博士の内観的研究
 
「内観的研究」より。人間の身体の中には、二つの気が存在している。「一つは邪気であり、もう一つは霊気である」


大正三年には、続編である「内観的研究人類進化説」を発表されています。ダーウィンの進化論等にまで深く切り込んだ内容でした。「余は順く病理研究所の設立を切望して止まざるものなり」・・本の最後の文章です。

また、大正二年に高木孫四郎先生が、「本山之霊気」という本を出版されています。
こちらも国立国会図書館の蔵書です。
「霊気」という言葉が、本のタイトルに使われた本の中で一番古い本になります。

玉利喜造博士とは一年違いですが、「霊気」という言葉が、当時一般的に意味が通る言葉だったことの証といえるのではないでしょうか。
 



霊気療法という言葉のさきがけ

 
大正8年(1919)に「川上又次」氏が「霊気療法とその効果」という本を出版されているそうですが、入手することができませんでした。
せめて、人となりに触れたいと、「川上又次」氏が書かれた本や、お言葉が残っていないかも探してみましたが、残念ながら何も見つけることができませんでした。

この一方で、明治時代~大正時代にかけては、さまざまな「○○気療法」が出てきています。

国立国会図書館で閲覧可能な明治時代のエネルギーワークとしては、(電気療法を除きます)
心身強健養気療法 木原通徳 養気療院 明治43年10月
心身鍛錬養気法 足立栗園 です。明治41年4月 
の二冊が出て参ります。
養気療法が、「○○気療法」のさきがけといえるでしょう。

 


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